睡眠時無呼吸
 
 今回は、最近話題になっている睡眠時無呼吸症候群(Sleep Apnea Syndrome:SAS)を取り上げます。
 チャールズ・ディケンズは「ピックウィック・クラブ」の中で少年Joeは高度の肥満でいつも昼間からウトウトし、激しいいびきをかいて眠ると描きました。1956年にBurwellらがこのようないびき、肥満、高炭酸ガス血症、昼間の眠気、右心不全などを示す疾患をまとめ「ピックウィック症候群」と報告しましたが、現代の認識ではこの少年は重度の「睡眠時無呼吸症候群」と考えられます。
少年Joe

 最近、居眠り運転による交通事故の原因のひとつとして注目されていますが、この疾患はいわゆる睡眠障害の一つで、深い眠りがとれないため日常生活に支障をきたしてくるものです。
また、高血圧、高脂血症、糖尿病、心筋梗塞、脳卒中などの循環器系生活習慣病との関係も深いことが分かってきています。
無呼吸を自覚する事が困難であることから診断がつきにくく、ある疫学調査では地域住民の2%、全国換算では約200万人がなんらかの症状をきたす閉塞型睡眠時無呼吸症候群を患っているといわれています。

睡眠時無呼吸症候群とは
 10秒間以上続く無呼吸が、一晩の睡眠中(7時間)に30回以上、もしくは1時間に平均5回以上認められ、かつその一部は脳波上覚醒している睡眠時にも認める場合を睡眠時無呼吸症候群と定義されています。(睡眠の頁も参照して下さい。)
 無呼吸により脳波上も覚醒する事で深い睡眠を得ることができなくなり(断眠)、日中の眠気を生じたり集中力が低下します。また無呼吸によりもたらされる血液中の酸素分圧低下と炭酸ガス蓄積や血液酸性化が長期的には様々な臓器に悪影響を及ぼします。

睡眠時無呼吸症候群の分類
 呼吸の指令を出す脳の障害による中枢型と、上気道が閉塞して呼吸ができなくなる閉塞型に大別されますが、閉塞型が95%を占めるとされています。
閉塞型睡眠時無呼吸症候群 (Obstructive Sleep Apnea Syndrome:OSAS)
 胸部・腹部の呼吸運動が行われているにもかかわらず、上気道が閉塞して無呼吸となるもので、呼吸再開時に大きな「いびき」を伴うのが特徴です。呼吸に関係する胸腹部の運動はみられるが気流が止まり酸素飽和度が低下します。原因は、咽頭やその周囲の閉塞を起こすような肥満に伴なう軟部組織への脂肪沈着、扁桃肥大、巨舌症、鼻中隔湾曲症、アデノイド、小顎症などの形態異常と、アルコールや睡眠薬などによる上気道筋の活動の低下などの機能異常に分けられます。


中枢型睡眠時無呼吸症候群 (Central Sleep Apnea Syndrome:CSAS)
 咽頭・喉頭から肺・胸郭・呼吸筋・末梢神経に異常が認められず、脳波上覚醒しているはずの睡眠中でも脳の呼吸中枢の指令が低下することにより無呼吸となります。呼吸に関係する胸腹部の運動が停止します。脳疾患や心不全の方で高率にみられチェーン・ストークス呼吸と呼ばれます。

閉塞型睡眠時無呼吸症候群の症状
 上気道閉塞による無呼吸や「いびき」を睡眠パートナーから指摘されます。また深い睡眠の断眠は日中の眠気、起床時の頭痛などをもたらし、長期的には知性の低下や性格の変化をもたらすと言われています。
また無呼吸や低呼吸による低酸素血症、高炭酸ガス血症とそれによる血液酸性化は以下のような影響があるとされます。
高血圧: 全身の動脈の緊張を高め血圧も上昇します。OSASの40~70%に高血圧が合併し、特に睡眠時に血圧が低下しないノンディッパー型高血圧の原因のひとつとされ、心血管系への負荷が高まり、心不全、心筋梗塞、脳卒中などの引き金になりえます。
糖尿病: 睡眠不足は血糖を低下させるホルモンであるインシュリンの反応性を低下させることが知られており(インシュリン抵抗性)、糖脂質代謝を障害します。また肥満は高脂血症、糖尿病の遠因であるとともに、肥満により咽頭の軟部組織への脂肪沈着で物理的に閉塞を起こしやすくなります。
虚血性心疾患: 冠動脈の緊張を高め夜間の狭心症発作や心筋梗塞の引き金になることもあります。
不整脈: 低酸素血症、高炭酸ガス血症とそれによる血液酸性化は、心臓にとっては不整脈の増悪因子となります。
多血症: 低酸素血症により赤血球産生が刺激されて多血症を起こし、血液の粘度が高まり末梢循環が悪くなります。
肺高血圧症: 肺動脈の緊張の高まりや、上気道閉塞による胸腔内の陰圧が高まることで、右心系への静脈血の戻る量が増えることで肺動脈圧が上昇します。OSAS重症例では肺高血圧症(平均肺動脈圧30mmHg以上)やそれによる右心不全を合併し、むくみや運動時に呼吸困難を起こすことが知られています。

「いびき」と閉塞型睡眠時無呼吸症候群
 「いびき」のかき方で閉塞型睡眠時無呼吸症候群かどうかの大まかな目安になります。疲労時や飲酒時の「いびき」は問題はなく、また一定の「いびき」も問題はありません。上を向いて寝ると大きくなるいびきや「いびき」に強弱があったり、開放音がある場合やもちろん無呼吸を伴なう大きな「いびき」は危険な「いびき」とされています。

日中の眠気と閉塞型睡眠時無呼吸症候群
昼間の眠気には以下の評価がよく用いられます。


合計点数はESSスコアと呼ばれ、10点以下が正常と分類されます。
ESSスコアは平均的にみて軽症のOSASでは11点、中等症で13点、重症で16点であり、またESSスコアは、いびき、OSAS重症度、酸素飽和度低下とも相関があると報告されています。

睡眠時無呼吸症候群の診断
 「いびき」や無呼吸、日中の眠気などの自覚症状の問診や、耳鼻科的、歯科的、内科的に上気道の形態的、機能的閉塞をもたらすような所見についての検索と、合併する心血管系疾患や代謝疾患についての検索がおこなわれます。
睡眠時無呼吸の診断には以下の検査があります。
1.スクリーニング
 酸素飽和度測定器で夜間睡眠時の酸素飽和度を記録することで低酸素血症の発作回数(酸素飽和度低下指数)や時間を測定します。
2.簡易検査
 気流を測定するための温度センサー、いびきを測定するマイク、パルスオキシメーター等を装着して無呼吸を検知します。ただしこの検査では睡眠の深さや覚醒に関する情報は得られません。
3.終夜睡眠ポリグラフ検査(ポリソムノグラフィー:PSG)
 睡眠と呼吸状態を総合的に評価する検査で、簡易検査の項目に加え脳波・筋電図・眼球の動き等を同時期録することにより睡眠に関する情報を呼吸状態の詳細とあわせて、定量的に測定します。

睡眠時無呼吸症候群の重症度
 一時間当たりの無呼吸の回数を無呼吸指数(Apnea Index)と言います。
 また換気の50%以下の低下に、酸素飽和度(SpO2)の4%以上の低下を伴なうのを低呼吸(Hypopnea)と言います。
 睡眠1時間当たりの無呼吸と低呼吸の合計の回数を無呼吸低呼吸指数(AHI)と呼びます。
 このAHIにより睡眠時無呼吸の重症度が分類されます。
軽 症  5≦AHI<20
中等症 20≦AHI<30
重 症 30≦AHI  
 この重症度が上がるほど各種合併症の発現頻度が高く、累積生存率は低くなります。

睡眠時無呼吸症候群の治療
閉塞型睡眠時無呼吸症候群の治療
1.生活習慣の改善
 減量: 睡眠時無呼吸症候群の患者さんは肥満を伴っていることも多く、減量により症状が改善することがあります。
 飲酒の制限: アルコールは気道の筋肉を弛緩させるためよくありません。就寝前の少なくとも4時間前は飲酒を避けましょう。
 精神安定剤の服用の制限: 精神安定剤や眠剤の中にも気道の筋肉を弛緩させて無呼吸を悪化させるものもあります。しかし急に内服を中止すると反動が出る場合がありますので主治医と相談してください。
 禁煙: 喫煙は血中の酸素を低下させ、また咽喉頭の炎症をおこして睡眠中の無呼吸に悪影響を与える可能性があります。
 睡眠中の体位の工夫: 仰向けに寝ると重力による舌根沈下を招きやすく気道を閉塞しやすくします。従って横向きに寝るように、背中に添え物をしたり枕の高さを替えることで改善する場合もあります。
2.内科的治療
鼻CPAP療法(経鼻的持続陽圧呼吸療法)
 鼻CPAP療法とは専用のマスクを装着して、気道内に陽圧をかけることにより気道の閉塞を防いで無呼吸を減らします。
 気道を広げるための必要な圧力は患者さん毎に異なりますので、患者さんの睡眠状態を診ながら必要最低限の圧力を決定します。
 特に中等症以上の睡眠時無呼吸症候群の方はこの鼻CPAP療法が有効です。

CPAP

3.外科的治療
 気道閉塞の原因がアデノイドや扁桃の肥大であることが明らかな場合や、他の治療方法がうまく行かない時には耳鼻咽喉科的な手術が必要となることがあります。
4.歯科装具による治療
 歯科装具を睡眠中に装着することで舌や下あごを前方に固定して舌の後方の気道スペースを広げ気道の閉塞を防ぎますが今のところ保険適応外です。
これらの中から、各々の患者さんにあった治療法を個別に選択します。

中枢型睡眠時無呼吸症候群の治療
 まず第一に、原因となる脳疾患や心疾患自体の治療を行ないます。
 慢性心不全の患者さんでは約30~40%に睡眠中に周期的な呼吸運動の停止による無呼吸(チェーン・ストークス呼吸)、すなわち中枢型睡眠時無呼吸症候群を合併すると報告されています。
 在宅酸素療法(Home Oxygen Therapy:HOT)により慢性心不全患者さんの睡眠の質や睡眠時無呼吸が改善し、QOLが向上するとの研究報告に基き、2004年からニューヨーク心臓協会(NYHA)の心機能分類Ⅲ度以上で、無呼吸低呼吸指数(AHI)が20以上の場合には在宅酸素療法が保険適応となりました。




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